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主に90年代~00年代の海外ドラマのレビューや、あの時代とドラマを彩った洋楽など紹介するブログです。映画の感想も年代問わず書きます。

【ボヘミアン・ラプソディ】キャスト紹介(5)ジョゼフ・マゼロ(ジョン・ディーコン役)

Posted by 録画ミスの女王 on   0 

映画 ボヘミアン・ラプソディ感想(ネタバレ) > キャスト紹介(5)ジョゼフ・マゼロ(ジョン・ディーコン役)


ボヘミアン・ラプソディに出演しているキャストの紹介です


ジョゼフ・マゼロ(ジョン・ディーコン役)



クイーンのベース担当。いつもニコニコして可愛らしいジョン・ディーコン
彼がオーディションに受かり正式にメンバーとなった日からバンド名は「クイーン」となった。
オーディションに受かった理由は「良い奴だから」なんて話もある。そんなジョン・ディーコンを演じたのはジョゼフ・マゼロ



ジョゼフ・マゼロ
1983年9月21日ニューヨーク州ラインベック生まれ
5歳の頃から子役として活動し、「ジュラシック・パーク」のティム役で有名。



実はジョゼフはロビン・ウィリアムズの「フック」に出演するはずだったが、
ジョゼフがあまりに幼かったため、スティーブン・スピルバーグは代わりにジョゼフをジュラシックパークに出演させたという逸話があります。


そして1995年の「マイ・フレンド・フォーエバー」にも出演しており、こちらでも注目を浴びました。




2010年のテレビドラマ「ザ・パシフィック」では主人公のひとりを演じている。


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他に日本でも人気の海外ドラマに多数ゲスト出演している。
「CSI:科学捜査班」
「PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット」
「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」


父親は舞台芸術学校を所有するジョゼフ・マゼロ・ジュニアで弟もジョゼフと同様俳優として活躍している芸能一家。
残念ながら父のジョゼフ・マゼロ・ジュニアは2018年に他界。
彼にとって2018年は父の死と映画のヒットで目まぐるしく濃い一年だったようです。


「映画ボヘミアン・ラプソディ」にはジョン・ディーコン役にジョゼフが良いのではないかと話し合われてた時に、
ジョゼフはプロデューサーにジョン・ディーコンに似せた自分の写真を送り付けていますw


こんな写真送りつけられたら決めちゃいますよねw
子役の時から活躍してる実力派だし、ルックスも似てるww



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ジョゼフは来日時はとても楽しそうに日本を満喫していて、こちらも嬉しくなっちゃうほどでした。
その時のボラプメンバー仲良し写真などはこちら

日本に来日してくれた時にクイーンの好きな楽曲は「Somebody To Love」と答えていました。

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クイーンオフィシャルよりSomebody To Love



シネマトゥデイによるインタビュー映像




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ジョン・ディーコン



クイーンのベース担当で、いつもニコニコジョン・ディーコン。
ルックスはロジャーがもちろん一番だったけど、実際に女性にモテてたのはジョンだったようですよ!
さすがクイーンの愛すべきディーキー。
あの笑顔と可愛らしい雰囲気じゃ恋人(夫)にしたいナンバー1かも!


自称音痴のためコーラスなどは参加してないが、ヒット曲を連発している。
ファッションはフレディに文句を言われながらも、大学生のようなファッションが多い。
(お金がない時代はメンバー間で服を貸し借りしていたので、それなりに70年代スタイルのおしゃれさんだったが・・・w)

こんな海にでも行くようなTシャツに短パンで来られたら、そりゃフレディも・・・(フレディはフレディで上半身裸だけどw)
クイーンはメンバーそれぞれがファッションに個性が出すぎてておもしろいw



ジョン・ディーコン
1951年8月19日イングランド・レスターシャーオードビー生まれ


クイーンのメンバーの最年少。
7歳の頃に親から買い与えられたおもちゃのギターから音楽に興味を持ち、
同時に無線装置などの機械をいじることが大好きな幼少期を過ごす。


14歳から「ジ・オプジション」というバンドで活躍、最初ジョンはギター担当だったが、
メンバー変更によりベースへと転向。このバンドでは大学に入学するまで活動していた。


機械をいじるのが大好きだったジョンは、ロンドン大学のチェルシー・カレッジ電子工学科に入学。
学業に専念し、大学を首席で卒業(!)名誉学位を与えられている。
この間、友人と趣味程度のバンドを組んだものの、数回の活動で解散。
様々なバンドのオーディションを受けたようだがすべて落選した。

そしてジョンが20歳になる1971年に友人のクリスティン・ファーネルと行ったディスコで、ファーネルの友達のブライアン・メイとロジャー・テイラーと出会う。
クイーンのオーディションを知らされ、ジョンはオーディションを経てクイーンに参加。
オーディションに受かった理由は「謙虚で優しい性格、そして機械に強いから」
電子工科大学を首席で卒業したジョン・ディーコンの才能は、ブライアン・メイや自身のエフェクターやアンプを作製したりすることに活かされた。

また、ジョンはクイーンの会計士としても活躍していました(!)
バンドメンバーとして活躍もしながら、細かいお金の計算・・・大変だったでしょうね!
誰が押し付けたの!(フレディ!?w)


しかしジョンは自称音痴であり、バンドメンバーで唯一コーラスには参加してません。
彼がビデオで歌ったりしてる時は口パクなんだとか!


作曲した主な代表曲
「地獄へ道づれ」
「マイ・ベスト・フレンド」
「ブレイク・フリー (自由への旅立ち)」
「ミスファイアー」



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フレディ死後は引退

ジョンは一番年上のフレディが大好きでした。
フレディもまた最年少のジョンに世話を焼いてくれていて、
ジョンが作った曲にロジャーが反発しても「僕はきみを信じるよダーリン♪」と優しく接してくれたとか。
そしてジョンはジョンで、フレディが歌いやすいキーを探して曲つくりをしてくれてたという優しい関係。


フレディに「ジョンに喧嘩を売っても絶対にその場で反論してこない。しかも返事が次の日にくるんだ!喧嘩のし甲斐がない」と言わせたり、「そんなダサい服装やめてくれ!」とフレディに言われたこともw
なんだか兄弟のような関係がほっこりするというか。
良い関係、いい距離感だったんだろうな。
実際ジョン・ディーコンはフレディを一人のアーティストとして大変尊敬していたそうで、フレディの死後はきっぱり引退しています。
「クイーンのボーカルはフレディ以外考えられない。もうこれで終わり。彼がいないのに続けても意味がない。」という言葉を残しています。


ジョン・ディーコンには鬱病で孤立していたという話もあるので、フレディの死後に人目を避けるようになったのは仕方ないことなのかもしれません。


1997年のコンピレーション・アルバム「Queen Rocks」の新曲「No-One But You (Only the Good Die Young)」をレコーディングしたのを最期にジョン・ディーコンは引退し、今も昔印税で買った家に住み続け、ひっそりと暮らしてるようです。
また、クイーンのメンバーのブライアン・メイは2014年に「ジョンはクイーンのビジネスには未だ関わってはいるが、スポットライトを浴びることはやめた」とインタビューで語っています。
ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー共にジョンには全く会ってないそうですが、
クイーンのお金関係の連絡は取りあっているようですし、必ずジョンには連絡を入れていると語っていました。
もちろん「映画 ボヘミアン・ラプソディ」でジョゼフ・マゼロがジョン・ディーコン役を引き受けたことにも了承済みだとか。



引退したジョン・ディーコンから連絡を貰った日本人もいた

ミュージックライフのロンドン特派員だった日本人、宇都宮カズ氏。
彼はクイーンのメンバーと親交を深めていった日本人のひとり。

マイケル・ジャクソンが亡くなったときに、いきなりジョンからFacebookを通じて連絡があったことを
シンコーミュージックから出版された「MUSIC LIFE Presents クイーン (シンコー・ミュージックMOOK) 」で語っています。こちらのMOOKはファンなら悶えちゃうような当時のミュージックライフとクイーンの関係が載っていてニヤニヤしてしまいます。
映画でクイーンのファンになった方も大満足の一冊です!!
当時のインタビューが盛りだくさんです!



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プライベートでは子だくさん

プライベートでは1975年に彼女のヴェロニカさんと結婚。
6人の子供をもうけます。
現在もヴェロニカさんと共にイギリス南西部Putneyに建てた家に住んでるそうです。

しかしこの関係もずっと順調だったわけではなく、ジョンの浮気の噂もありました。
そりゃ~バンドマンだし仕方がないけど。。
それでも奥さんヴェロニカさんは待っててくれました。

ジョンのYou're My Best Friendヴェロニカさん。
ベストフレンドの元にジョンが戻ってきてくれてよかった。



Queen Officialより





大人しそうだけど、火が付いたら誰も止められない

いつもニコニコしていて、ハッキリ言うと一番地味な印象のジョンだけど、
彼を怒らせたら・・・ものすごいみたいです。
死にたくなってしまうほど身震いすると、ブライアン・メイは語っています。

いつもは物静かで喧嘩にも参加しないジョン。
デビューしたての頃は本当に一言もしゃべらずにリハーサルして帰っていくこともあったとかw

しかしクイーンのメンバーとして売れてくると人懐っこさも日本人には見せていて、
ミュージックライフのスタッフがホテルでカップラーメンを食べていると
そこにジョンがいきなりやってきて、「何を食べてるんだい?」と興味津々だったとか(可愛い)
一口貰ったソバのカップ麺はお気に召さなかったようだけど、カップヌードルはすごく気に入ってたそうw




来日したときの映像を見てみると本当にいつもニコニコしていて愛嬌たっぷりで可愛すぎるジョン・ディーコン。
引退してしまったのは残念だけど、なんだかスパっとしていて彼らしいというか。。

ロジャーと結構イチャイチャしながら日本の番組に出てた印象だったのでw現在音信不通なのはファンとしてはちょっと悲しいですが、それがジョンの生きる道なんだろうな!!



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録画ミスの女王

30代の子育て中の主婦です 90年代、00年代の海外ドラマが大好き 洋楽もほとんどは海外ドラマから学び 10代〜20代は海外ドラマとともに育ちました

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